東京地方裁判所 平成3年(行ウ)81号 判決 1993年2月17日
原告
所秀雄
右訴訟代理人弁護士
菅原哲朗
同
日置雅晴
被告
東京都大田区長
西野善雄
右指定代理人
原田憲治
外二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告の都市計画法(以下「法」という。)五三条一項に基づく建築許可申請に対し、被告が平成二年三月二八日付でした不許可処分を取り消す。
第二事案の概要
一本件は、昭和二一年に決定された都市計画によって道路の予定区域として指定され建築制限のある敷地に、鉄筋コンクリート三階建の建物を建築すべく、法に基づく許可の申請をしたが、都市計画事業の施行に支障があるとしてこれを不許可とされた原告が、右道路建設は、一部は施行されたものの中断し、その後約三〇年にわたって予定地に建築制限を課したまま放置されており、建築制限の内容も現在の住宅事情と合致しない不合理なもので、右不許可処分は違法であるとしてその取消しを求めるものである。
二本件建築制限に関する法制
1 都市計画において定められた都市計画施設(道路もその一である)の区域内において建築物の建築をしようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない(法一一条、四条六項、五三条一項本文)。なお、東京都知事は、地方自治法二八一条の三第三項に基づく規制(東京都区長委任条項)により、右許可権限を特別区の区長に委任している(同規則五条一号ヌ)。
2 都道府県知事は、右申請があった場合において、当該建築が都市計画施設に関する都市計画に適合し、又は当該建築物が後記の要件に該当し、かつ、容易に移転し、若しくは除去することができるものであると認めるときは、その許可をしなければならない(法五四条一項本文)。右要件は、①階数が二以下で、かつ、地階を有しないこと(一号)及び②主要構造部が木造、鉄骨造、コンクリートブロック造その他これらに類する構造であること(二号)である(同条同項)。
3 東京都は、右要件に関し、以下のとおり許可取扱基準(以下「本件許可取扱基準」という。)を定めて、その運用方針を示し、右基準を満たす場合には許可することのできるものとしており、これによれば、右要件に該当しない建築物の建築についても、許可することがありうることとなっている(<書証番号略>)。
(一) 許可取扱基準(昭和五六年四月七日付東京都都市計画局長通達)
当該建築物が次に掲げる要件に該当し、かつ、当該建築物が事業の支障にならないものであると認めるときは、その許可をすることができるものとする。
(1) 都市計画道路の当該区間の事業の施行が近い将来見込まれていないこと。
(2) 建築物の敷地が都市計画法八条一項五号に掲げる防火地域内にあること。
(3) 建築物の敷地が、原則として、都市計画法八条一項一号に掲げる用途地域のうち商業地域又は近隣商業地域内にあること。
(4) 都市計画法八条二項二号イの規定により、都市計画で定める建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合が一〇分の三〇以上であること。
(5) 建築物の敷地のうち都市計画道路の区域外の面積が一〇〇平方メートル以内であること。
(6) 建築物の構造が次に掲げる各要件に該当し、かつ容易に移転し又は除去することができるものであること。
① 階数が三、高さが一〇メートル以下であり、かつ地階を有しないこと。
② 主要構造部が鉄骨造、コンクリートブロック造、その他これに類する構造であること。
③ 建築物が都市計画道路の区域の内外にわたる場合は、将来において、都市計画道路区域内の部分を分離することが容易にできるよう設計上の配慮をすること。
(二) 許可取扱基準の運用(昭和五六年四月七日付東京都都市計画局施設計画部長通達)
(1) 基準(1)における「事業の施行が近い将来見込まれていないこと」とは、おおむね一〇年以内に事業に着手することが見込まれていないことをいう。
(2) 基準の各条項は、都市計画法及び建築基準法に依拠しているため、両方の規定に照らし、下記のとおり運用することとする。
① 基準(2)における敷地が防火地域の内外にわたる場合については、その敷地内の建築物の全部が耐火建築物であるときは、その敷地はすべて防火地域内にあるものとみなす。
② 基準(3)における敷地が商業地域の内外、または近隣商業地域の内外にわたる場合については、建築基準法九一条の規定による。
③ 敷地が基準(4)における容積率制限の異なる区域にわたる場合については、建築基準法五二条二項の規定による。
④ 基準(6)の①における階数、高さ、地階の定義については、建築基準法施行令一条及び二条に規定する定義による。
⑤ 基準(6)の②における「その他これらに類する構造」とは、壁式サーモコン造、壁式プレキャスト・コンクリート造、組立鉄筋コンクリート造、ALCパネル構造とする。
三前提となる事実(証拠により認定した事実については証拠を認定事実の末尾に掲記した。その余は争いがない。)
1 本件建築不許可処分に至る経緯
(一) 原告は、東京都大田区山王三丁目一四七〇番所在の面積418.79平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)を敷地として、そこに建築面積72.39平方メートルの鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造、三階建ての建物(以下「本件建物」という。)を新築することを計画し、平成二年三月八日に大田区建築主事に対し、建築確認申請を行った。
(二) 本件土地のうち、その約五分の三に相当する部分(本件建物の敷地部分の全部を含む。)は、昭和二一年四月二五日付戦災復興院告示第一五号により都市計画決定がなされた東京都市計画道路補助線街路第三三号線(以下「本件都市計画道路」という。)の予定区域として指定されており、本件土地のうち本件都市計画道路の区域外の面積は一五〇平方メートルである。なお、本件都市計画道路と本件土地との位置関係は別紙図面記載のとおりである。
(三) 原告は被告に対し、右建築確認申請と同時に、本件建物の建築について法五三条一項に基づく建築許可申請を行った(以下「本件許可申請」という。)が、被告は、右申請は法五四条及び本件許可取扱基準に適合せず、都市計画道路事業上支障となると判断し、平成二年三月二八日付でこれを不許可とした。
2 本件都市計画道路にかかる都市計画決定の経緯及び現状等
(一) 本件都市計画道路は、昭和二一年四月二五日戦災復興院告示第一五号をもって告示された都市計画決定(以下「本件都市計画決定」という。)による補助線街路網の一路線である。
(二) 終戦後における戦災地の復興に関しては、昭和二〇年一二月三〇日に閣議決定された「戦災地復興計画基本方針」において都市再建の方途が明示されたが、東京都においても、これを基準として復興都市計画が逐次決定された。復興都市計画のうち、街路計画については、昭和二一年三月二六日戦災復興院告示第三号により幹線街路網にかかる都市計画が決定されたが、それは、幅員四〇メートルないし一〇〇メートルの幹線放射街路が三四路線、同幅員の幹線環状街路が九路線、それらの延長合計が約五〇〇キロメートルのものであった。また、幹線街路の補助線となるべき街路網については、本件都市計画決定によって決められたが、それは、幅員二〇メートルないし五〇メートルの補助線街路が一二四路線、それらの総延長が約五四〇キロメートルのものであった。
(三) 本件都市計画道路は、補助線街路網を構成するものとして、本件都市計画決定によって定められたものであり、それは、大森駅付近の交通の要衝及び都民生活の中心地における道路として、大森駅周辺の土地区画整理及び都市計画と併せて計画され、その東端において幹線放射街路第一九号線(第一京浜国道)と接続し、補助線街路第二七号線及び駅街路と交差、接続しながら、大森駅東側の商業地域として土地利用計画が定められた地域内を東西に通過したのち、東海道本線及び京浜東北線(以下「東海道本線等」という。)を越えて、その西端において補助線街路第二八号線と接続し、これらを相互に連絡する道路として計画されたものである。
(四) 本件都市計画道路のうち、東海道本線等よりも東側の部分については、土地区画整理事業の施行による道路の築造が完成し、昭和三八年八月一五日に都道としての供用開始がなされ、昭和四〇年四月一日には大田区に移管され区道としての供用開始がなされた。本件計画道路の総延長一二三〇メートルのうち、未完成部分は三一〇メートルであり、その中に本件建物の敷地が含まれている。右未完成部分(以下「本件未完成部分」という。)は東海道線等を高架で交差し、補助線街路第二八号線に接続する計画となっている(別紙図面参照)。
(五) 東京都は、昭和五四年一二月、昭和五六年から一〇年間の予定で第一次事業化計画を策定し、特に緊急を要する事業として一〇〇区間の路線を、おおむね昭和六五年(平成二年)度までに完成もしくは着手すべき路線として選定した(<書証番号略>)。第一次事業化計画の予定期間が終了した平成二年度末の時点で、この計画の区間の事業着手率は七五パーセントであり、過去の実績を含めた実施状況は、全体の計画総延長一六九九キロメートルのうち九一五キロメートルの部分が完成し、事業中の部分が一四五キロメートル、未着手の部分が六三九キロメートルであった(<書証番号略>)。
東京都は、平成三年六月、平成三年度から一〇年間の予定で第二次事業化計画を策定し、おおむね平成一二年度までに完成もしくは着手すべき路線として新たに二一九区間の路線を指定したが、本件未完成部分は、この事業予定区間として含まれることとなった(<書証番号略>)。
四争点及びこれに対する当事者の主張
1 本件未完成部分が長期間にわたって事業に着手されないことにより本件不許可処分が違法となるか。
(原告の主張)
(一) 法五三条一項による建築制限は、何らの保障なくして財産権の行使に重大な制約を加えるものであるから、都市計画事業が常識的な期間で遂行されることを前提としているというべきであり、また、期間の経過により、計画立案時とは社会的状況、技術水準なども大きく変わることも考慮すると、都市計画決定から極めて長期間が経過したにもかかわらず、事業に着手されずに放置されている場合には、都市計画が現時点でもなお必要性・合理性を有するという特段の事情がない限り、右計画に基づく建築制限を維持することは違法というべきである。
(二) 本件都市計画道路のうち、東海道線等よりも東側までは昭和四〇年頃までに完成しているのに、本件未完成部分はそれ以後まったく事業に着手しないまま三〇年近くも放置されたままになっているところ、以下のとおり、現時点において、本件未完成部分に法五三条一項の建築制限の効力を維持する必要性・合理性は存しない。
(1) 当初の都市計画決定時から四〇年以上も経過し、この間の自動車交通量などの変化が極めて著しいものであるが、その間、本件未完成部分について近隣住民から完成を求める動きもなく、未完成であることによる問題の発生も認められないのであって、このことは、本件未完成部分の道路としての必要性の低さを示している。
(2) 本件計画道路にかかる都市計画決定当時には何ら問題になっていなかった自動車の騒音や窒素酸化物の排出などによる環境被害は、その後極めて重要な問題となっており、住宅密集地などを通る道路については今や高架で建設する計画には強い反対が起き、近年では地下化や広い緩衝帯などを設置しないと建設が困難な状況にあるが、このような状況下でも被告は本件未完成部分につき住宅密集地を高架で通り抜けるという環境被害が極大になるような計画を維持しているのであり、到底合理的な計画とはいえない。
(3) 他方、この四〇年間で土木技術は大きく発展するとともに、日本の経済力も著しく高まっており、仮に本件未完成部分の道路を完成させる必要があるとしても、地下化など高架という計画以外の手法との比較検討の余地は著しく拡大しているはずであり、この点でも被告の計画は合理性を失ったというべきである。
(被告の主張)
(一) 道路網の整備に関する都市計画は、本来的に、その後の事業の実施を予定し、長期的、総合的な展望に立って道路網の整備、充実を図るという観点から決定されるものであり、その広範囲にわたる事業の施行、完成までには、相当長期間を要することもやむを得ないものである。そして、法五三条一項の建築制限は、都市計画決定後における都市計画にかかる事業の実施を予定し、そのために必要とする土地の収用、使用等に向けて行われるものである。したがって、右建築制限は、都市計画決定後における一定期間の経過、事業実施の遅延という事実上の結果によって左右されることのないことは明らかであって、都市計画が廃止されない限り、その都市計画に基づく事業の実施が不能であることが明確となっているような特別の事情のある場合を除き、右建築制限に反する建物の建築を不許可とすることに何ら違法性はない。
(二) 本件未完成部分に法五三条一項の建築制限を維持する必要性・合理性は、以下のとおり現在でも失われていない。
(1) 本件計画道路については、東京都における都市計画道路網に関する数次の見直しの際にも変更の対象とされておらず、平成一二年度までに完成もしくは着手すべき路線に指定されているところ、本件未完成部分の工事を完了し、幹線放射街路第一九号線と補助線街路第二八号線を接続させ、東西の地区を結び付けることの必要性は現在も失われていない。
(2) 本件計画道路の事業施行主体が、事業計画を作成して具体的に道路の建設事業を実施する場合には、通常、事前に地元住民に対し説明会を開き、意見を聴取するなどして、環境に与える影響を十分調査し、できるだけ環境に及ぼす被害を回避又は軽減する方策を講じることは十分可能であるから、事業が実施される以前の段階で、具体性を欠いた環境に与える影響を論じて本件計画道路にかかる都市計画決定の違法性を基礎づけることはできない。
(3) 都市計画によって将来の道路計画が定められた場合、その後は、それを前提とした建物の建築等によって、都市の形成、発展が図られていくものであるのは当然のことであり、都市計画決定がなされた後の個々の計画道路付近における市街地の状況の変化を逐一考慮して、その都度都市計画の変更を行わなければならないというのでは、有機的に機能を発揮できるように街路網として統一的に計画した都市計画決定の意義が損なわれ、その目的が達成されなくなることになりかねない。
2 本件許可取扱基準が法五四条に反する違法なものであるか。
(原告の主張)
(一) 本件許可取扱基準(5)は、都市計画道路の区域外の面積が一〇〇平方メートルを超える場合、そこを利用すれば建物の建築が可能であるということを前提にしたものであるが、本件建物について本件許可取扱基準(5)を適用することは、以下のとおり極めて不合理な結果となる。
(1) 本件土地の前面道路は同土地の東側に存するところ、本件土地と本件計画道路の位置関係からすると、本件計画道路の区域内に建物を建築すれば、空き地は前面道路に出入りできる駐車場として有効利用が可能であるのに、本件計画道路の区域外に建物を建築すると、空き地が前面道路に面しないこととなり、土地の有効利用が不可能となる。
(2) 本件土地のうち、本件計画道路の区域外の部分は、相続などの処理のために現在原告以外の者の名義となっており、本件計画道路の区域外に建物を建築することは困難である。
(3) 原告は本件許可申請において従前の建物の敷地をそのまま本件建物の敷地としたが、本件計画道路の区域と前面道路への接道のための路地状敷地のみを計画敷地として申請すれば、まったく同じ建築計画でも本件計画道路の区域外の面積が一〇〇平方メートル以下となるのであって、本件許可申請は実質的に右基準に適合している。
(二) 法五四条が一定の要件を満たす建物について建築許可を与えるとする趣旨は、建築物の移転又は除去が容易であり、都市計画決定に基づく事業の施行の支障とならないものに限って、建築を認めようとするものであるところ、現在の社会的、経済的、技術的事情の下では、原告の計画している鉄筋コンクリート構造と本件許可取扱基準(6)②に定める構造との間において、建築や除去にかかる費用や技術的容易さについてほとんど差異は見られないのであり、ことさら鉄筋コンクリートを除外する合理的理由はなく、本件許可取扱基準(6)②は法の趣旨に反する違法なものである。
(被告の主張)
(一) 法五三条一項の建築制限に当たっては、当該建築許可の申請者が敷地についてどのような権原や利害関係を有しているかについて判断すべきものとはされていないところ、原告は、一〇筆にも及ぶ418.79平方メートルの土地を本件建物の敷地として申請し、建築許可の申請を行っているのであるから、被告としては、原告がそれらの土地について必要な権原を取得することを予定しているものであると考えて、それらの敷地全体について本件取扱基準(5)の適合性を判断したものであり、この点について何ら違法な点はない。
(二) 本件許可取扱基準(6)②は、建築物の移転又は除去が容易でなく、事業の遂行に著しい支障を及ぼす鉄筋コンクリート造のような構造による建築を許可しないこととしたものであるが、この基準は単に右のような構造による建築を許容しないとしているだけではなく、事業に支障を与えることが比較的少ない、しかも建築主の利益を配慮した他の許容される構造方法を具体的に示しているのであり、そのようにして建築制限の具体的内容を明らかにしているものである。すなわち、東京都が示した本件許可取扱基準の運用方針に列挙する構造方法を用いれば、建築主は、鉄筋コンクリート造と同等の、少なくともそれには劣らない構造の三階建ての建築物を同程度の工期及び費用で建築することが可能である。したがって、本件許可取扱基準(6)②は、都市計画道路の事業を実施するうえで必要やむを得ない制限であり、法の趣旨に反するものではない。
第三争点に対する判断
一争点1について
1(一) 都市計画は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(法一条)、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定められ(法二条)、一体の都市として総合的に整備し、開発し、及び保全する必要がある区域が都市計画区域として指定される(法五条一項)ものであるから、その性質上、都市計画事業の完了までには相当長期間を要することが本来予定されているところである。そして、右事業の施行に当たっては、予算、人員等において制約を受けるほかに、土地の収用及び既存の建築物の移転・除去並びにそれに伴う権利関係の整理等、事業の施行についての制約も多く、実際的にも、その完了までに長期間を要するのはやむを得ないものがある。そのうえ、都市計画道路にかかる都市計画は、都市における有機的一体としての道路網の整備を目的とするものであり、特定の街路又はその一部分のみの整備で目的を達成するものではなく、全体としての道路網の整備が必要とされるものであるから、特定の街路又はその一部分を全体と切り離して、その整備の必要性・合理性を云々することはできないというべきである。以上の点からすると、特定の地域について偶々都市計画事業が長期間にわたって行われない結果となっているとしても、それが、都市計画決定の事実上の廃止によって生じているものであるとか、何らかの理由によりその都市計画事業の実施が事実上不可能となる状態に立ち至ったことによるものであるとかの特段の事情がない限り、右地域において右期間のすべてにわたり法五四条の要件に適合しない建物の建築を許可しないこととしても、それをもって違法とすることはできないというべきである。
本件の場合、確かに、本件未完成部分は、本件都市計画決定後四〇年以上を経過したのに、未だに事業に着手されていない。しかし、本件都市計画道路は、東京都という首都機能を有する大都市の道路網の整備にかかるものであり、事業規模の大きさ、道路交通の持つ公共性等に鑑みると、本件都市計画にかかる街路網のひとつに過ぎない本件都市計画道路のさらにその一部分に過ぎない本件未完成部分について、それが事業に着手されないことをもって、本件都市計画事業全体の進行の有無を判断することはできないというべきである。ちなみに、平成二年度末の時点で、都市計画道路の全体の計画延長一六九九キロメートルのうち、完成した部分は未だ九一五キロメートルに過ぎないというのであるが、このことは、東京都における都市計画道路事業の施行に伴う困難性を窺わせるものである。そして、本件未完成部分の存在が、全体の道路網整備計画のなかで特に際立った存在であるともいえないうえ、本件未完成部分に限っても、東海道本線等との交差が不可欠であるという地理的な特殊性があり、制度上、事実上の諸条件を満足するために、ある程度遅延することもやむを得ないところというべきである。そのうえ、本件都市計画道路は、総延長一二三〇メートルのうち、本件未完成部分三一〇メートルを残して既に完成しており、本件未完成部分も平成一二年までには完成すべく重点的な事業計画に組み入れられているのであるから、これらの点に鑑みれば、本件都市計画事業の遅延について、前記のような特段の事情を認めることはできず、右遅延があるからといって、本件不許可処分を違法とすることはできないといわなければならない。
(二) 原告は、都市計画決定から極めて長期間が経過したにもかかわらず、事業に着手されずに放置されている場合には、都市計画が現時点でもなお必要性・合理性を有するという特段の事情がない限り、右計画に基づく建築制限を維持することは違法であるとし、本件未完成部分に法五三条一項の建築制限の効力を維持する必要性・合理性がない旨主張しているが、前記(一)で述べたとおり、都市計画決定に基づく建築制限の効力は、都市計画事業に長期間着手されていないという事実をもってしては、これを否定することができないというべきであるから、原告の右主張は前提において失当である。
なお、仮に、原告の主張のとおり、本件未完成部分について住民から早期に完成すべき旨の要望がなく、未完成であることについて特に問題が発生していないとしても、これをもって、本件未完成部分にかかる都市計画決定が事実上廃止されたものであるとか、今後事業着手の可能性がない状態となっているということができないことは明らかである。また、騒音等の環境被害の可能性や、立体交差の方法(高架か地下か)の問題については、具体的な事業の施行の段階で検討されるべき問題であり、都市計画決定の段階で、右のような可能性があることをもって本件不許可処分の違法事由とすることはできないというべきである。
2 また、原告の主張は、これを、本件未完成部分が長期間にわたって事業に着手されないことや、環境問題等その後の事情の変更により、本件未完成部分にかかる都市計画決定が違法性を帯び、その違法性が本件不許可処分に承継されるとの主張であると解しえないではないが、一旦適法に成立した都市計画決定が、成立後の事情によって違法になることはあり得ないから、そのような主張であっても、それ自体失当というほかない。
二争点2について
1 法五三条一項が都市計画施設の区域内での建築物の建築を都道府県知事の許可にかからしめているのは、本来建築物の建築は建築基準法による制約のみを受けるものであるが、それが都市計画施設の事業区域内に建築されるものである場合には、これを同法の制約の下にのみ置いていては、将来の同事業の施行に際し、右建築物の除去が困難であったり、莫大な補償の必要が生じたりして、都市計画事業の施行に支障を来すことが考えられるので、これを未然に防止し、もって、右事業の円滑な施行を確保するという見地に出たものであると解される。そうであるとすれば、法は、法五四条の定める要件に適合しない建築について、これを絶対に許可してはならないとの趣旨まで含むものではないと解されるのであって、右要件に適合しないものについて、これを許可することができるか否かは、将来の具体的な都市計画事業の施行の際生ずると考えられる支障の程度如何にかかるものであり、その判断は、その事業の具体的な内容、当該建築物の構造、建築される敷地の位置や形状等種々の要因により異なってくるものであろうから、都市計画事業の円滑な施行の確保という見地からする専門技術的な裁量に委ねているものと考えられるのである。したがって、この点に関する行政庁の判断については、その裁量権の行使が全く事実の基礎を欠いていたり、社会通念上著しく妥当を欠く等、行政庁に許された裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所はこれを取り消すことができるものというべきである。
2 そして、行政庁が、本件許可取扱基準のように、右許可不許可の認定をするについて依るべき具体的な基準を定めている場合には、行政庁が自らその裁量権行使に一定の枠を設定したものといえるから、右の限度で行政庁の行為は覊束されており、右許可基準に適合していない許可不許可の決定については、違法とされることもありうるものと解すべきである。また右基準の設定自体についても、その法適合性は司法審査の対象となるが、これも、右のような行政庁の専門技術的な裁量に基づいて設定されるものであるから、その設定が、法五三条一項の趣旨・目的に照らして、その付与された裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限って、違法とされることがあり得るものと解される。
3(一) これを本件について検討するに、まず、本件建物は、都市計画道路の区域外の面積が一五〇平方メートルあるのであるから、これが本件許可取扱基準(5)に適合しないことは明らかであって、被告において原告の申請が右基準に適合しないものと判断したことに違法性はない。
そして、右基準は、都市計画区域外にある土地が一〇〇平方メートルを超えるものであれば、建築制限の課せられていない当該敷地に寄せて建物を建築することが可能であると考えられるところから設定されたものと解され、これを設定することに合理性がないとすることはできない。
原告は、本件許可取扱基準(5)を本件建物に適用することが極めて不合理な結果になるとし、その根拠として、土地の有効利用に反すること、敷地の権利関係から本件都市計画道路の区域外への建築が困難であること、本件申請が実質的に右基準(5)に適合していることを挙げる。その趣旨が、本件許可取扱基準につきこれを法五三条一項の立法趣旨に沿って弾力的に解釈すべきであって、その主張の事実の下では、本件申請も右基準を満たしているものであるとの主張であるとしても、本件許可取扱基準は、少なくとも原告が問題にしている点については、一義的に明確な定めを置いているから、原告の申請を本件許可基準に適合するものと解釈することのできないことは明らかである。また、右主張の趣旨が、右基準には適合しないが、原告主張の事実がある以上、それを不許可とするのは被告に許された裁量権の範囲を越えるとの主張であるとしても、法五三条一項の許可は、都市計画事業の施行に対する支障の防止を目的とするものであるから、その許否の判断については、都市計画事業の現状及び当該建築物の構造を主としてその基礎とすべきであって、このことは法五四条の定める要件及び本件許可取扱基準を見れば明らかである。したがって、原告主張のようないわば主観的な事情は、これをもって判断の基礎とすることはできないから、これを根拠として本件不許可処分の違法をいうこともできない。
(二) 次に、原告は、法五四条の趣旨並びに現在の社会的、経済的及び技術的事情の下では、本件取扱基準(6)②が鉄筋コンクリート構造を除外していることは違法である旨主張する。確かに、法五四条は、都市計画事業の支障にならないという観点から、容易に移転・除去しうるような構造を持ち、実際にも容易に移転・除去できるものを許可の対象としているものであり、本件許可基準(6)②もそれと同趣旨の規定であることは疑いがない。そして、<書証番号略>によれば、本件建物の設計に当たった一級建築士石田信明は、建築作業の大半が機械化された現在では、建築物の除去に関して建築手法の違いによるコストの差は殆どなくなっているとの報告書を提出していることが認められる。しかし、右報告書も、鉄筋コンクリート構造の方が他の構造よりも更に低コストで移転・除去が可能であるとまではしていないうえ、法五四条及び本件取扱基準(6)②に規定する移転・除去の容易性は、経済的のみならず物理的な容易性を含むものというべきであるところ、鉄筋コンクリート構造が、本件許可取扱基準及びその運用方針において認められた他の構造(壁式サーモコン造、壁式プレキャスト・コンクリート造等)に比べて、用途・形態に対する自由度が格段に広く、耐震性・耐久性等も高いことは石田建築士自身認めているところであり(<書証番号略>)、そのことは他面において、その移転・除去が物理的に他の構造によるものより困難であることを示すものということができる。そうすると、本件許可取扱基準及びその運用方針において、鉄筋コンクリート構造を許可の対象から除外していることには合理性があり、右基準の設定が法の規定する範囲を越えたものとすることはできない。
第三結語
よって、本件不許可処分は適法であり、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官榮春彦 裁判官喜多村勝德)
別紙図面<省略>